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2017/09/22 (Fri)
   人間の欲望というものは何故ここまで際限がないのだろう。何かを手に入れてもすぐに現状では満足できなくなる。慢性的に何かが欠けていると、透明な喪失感を抱えて行くことになる。今手に入れたいと思っている環境を手にした正にその瞬間から、私は別の何かを求め始めるのだろう。それが純粋に創作活動に由来するものであれば寧ろ健康的な想いと見なせるのだが、決してそれだけではなく生活のあちら此方に透明な喪失感、彼の地への夢想が渦巻いているのだ。
   私の居場所は此処ではないのではないか、という疑念。このような疑念の萌芽は数年前に遡る訳だが、私は寧ろ彼の地への行動を起こせないように自己の周りを現実で固めながら、その夢想を抱え育んできたのだ。そいつは私の胸の内を己が根城とし、確実に去来の頻度を増し、日が経つにつれより身動きの取れなくなった私を嘲笑うかのように、彼の地の鮮明なイメージを私の瞼の裏に投影するのだ。その鮮烈なイメージをゆっくりと咀嚼しながら、満員の電車に揺られ現実の僻地へ働きに出る。この蒼白き行為があと何度繰り返された時、私はそのイメージに乗っ取られてしまうのだろうか。その肥大化を根源から抑えるために私の回路の一部のスイッチを切るか、膨張を押さえきれず私の胸が裂けるか、二つに一つなのは分かっている。分かっているのだが、私は三つ目の選択肢を模索し始めている。
   それと共生し、それが肥大化して胸からはみ出してしまう部分については切り取り手を加えスクラップするのだ。あるときは言葉が宛がわれ、あるときは音が宛がわれ、活字が宛がわれ、映像さえ提供されるかもしれない。それを創作活動とし、来るべき“そのとき”を無期限に先送りにできるのであれば、それも一つの道なのだろう。
   今は其処までしか思考が及ばない。ヴァルハラにはまだこのような私の意向は投影されていないのか。いや、そのような場面は散見されるに違いない。ただ、今私が感知しているような場所まではそいつの正体に近付けてもいないし、彼の地へ飛び込める可能性とも共生できていたのだ。本当の意味での戦いはこれからなのだ。ヴァルハラを今のタイミングで産み落としたように、私は近い将来、どこか別の時、別のタイミングで産み落としたそいつに別の名前を付けるだろう。そして私はまた別の色の夢を見るだろう。同じ夢を、別の色で見るだろう。。。

-Masashi
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